自己紹介 堀内芳昌 物語り

紅茶専門店ティークラブ自己紹介

こんにちは。はじめまして。
紅茶専門店ティークラブの堀内芳昌と申します。

現在、広島で紅茶関連ビジネスを夫婦で営んでいます。

紅茶関連ビジネスと言ったのは、紅茶を軸にしながらも、一般的なショップスタイルのティーショップ(紅茶専門店・販売店)やティールーム(喫茶店)ではない仕事のスタイルだからです。

事務所ビルの1室を借り、一般の個人客向けの通信販売、カフェやレストラン、ケーキ屋などへの業務卸、紅茶教室の3つの柱で仕事をしています。

また、専門学校のカフェビジネス科で紅茶と料理実習の非常勤講師、通信教育のコーヒー紅茶カフェマスター講座の講師を務めています。

子供の頃からティーバッグやインスタントティーを飲んでいて、20歳くらいからは茶葉で紅茶をいれるようになりました。紅茶歴は40年以上、仕事で紅茶に関わってから20年くらいが経ちます。

東京で生まれ、埼玉と神奈川で暮らした私が、広島で紅茶関連ビジネスを行うまでの経緯とその後の状況をお話します。また、「紅茶を売るだけでなく、日々の暮らしの中で美味しい紅茶を気軽に楽しんで欲しい」と思うようになった心境の変化を合わせてお話します。

ちょっと長くなりますが、最後までお付きいただければ嬉しいです。

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「商売人の家に生まれ育った幼少期」

私は、1964年東京都板橋区で3兄弟の長男として生まれました。両親は上野で食品の販売などをしたようで、いわゆるサラリーマンの家ではなく商売人の家に生まれ育ちました。

2~3歳の頃に埼玉県の上尾市に引っ越しました。小学生くらいの頃から母が小料理屋というか飲み屋さんというか小さな飲食店を始めました。自宅兼店舗だったので、小さい頃から母が料理を作り働く姿を見ていました。

調理師専門学校~就職した頃

上尾市内の小学校、中学校、高校を卒業した後、東京・池袋の武蔵野調理師専門学校に進みました。強い目的意識があったわけでないのですが、将来は飲食店をやるのだろうという気持ちで調理師専門学校を選びました。

しかし、専門学校を卒業するまでに、何料理に進みたいとか○○ホテルで働きたいなどの目標が見つかりませんでした。卒業後は、専門学校の時からアルバイトしていた中国料理店で一年と数か月フルタイムのアルバイトをしました。

正直な話、当時はバブル期だったので、就職なんかいつでもできるみたいな甘い考えがあったのも確かです。また、新入社員の給料よりもフルタイムのアルバイトの方が稼げていたので「アルバイトでもいいか」みたいな気持ちもありました。先のことよりも目先のお金を考えていたんですね。

その後、飲食店での仕事を探しましたが良いお店が見つからず、何気なく見つけた家の近所のジーンズショップでアルバイトをしました。ファッションの仕事が楽しかったので、別のショップに移りました。

その後、アルバイトでもとりあえずお金が稼げれば良いという気持ちが変化して、もっとキチンと仕事がしたいと思い正社員で働ける仕事に移りました。

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メンズファッション販売員~仕事の基礎的な考え方が身に付いた頃

20代前半~中半の頃に約4年間勤めたメンズショップでは、原宿店、八重洲店、横浜店で働きました。この頃から、実家を出て一人暮らしをしていました。

今から30年くらい前なので、家庭用のパソコンは普及していなくてインターネットという言葉すら知らない時代。情報は、ファッション雑誌から得るか店員から聞くしかありませんでした。

興味を持つと、とことん知りたい性格なので、ファッション雑誌を何冊も読み、休日にはメンズショップに行き店員と話をして、商品知識やファッションセンスを身に付けるように頑張りました。とはいえ、口ベタなので店員から聞き出せる情報は少なかったのですが…。

しかし、良かれと思って身に付けた知識ですが、時には失敗もありました。

メンズショップに来店する男性客は知識豊富な人が多いので、お互いの考えが正しいと主張して、言い争いのような感じになってしまうこともありました。

後で考えれば、お客様のことを考えての意見ではなく、自分の商品知識や意見が正しいことを主張しただけのダメな接客でした。決して間違ったことを言ったのではなく正しいことなのですが、正論を言えば良いというものでもありませんから。

私は、冷めているタイプなので、普段はそんなに熱くならないのですが、プチっと切れるとムキになってしまうことがあります。もちろん接客なので喧嘩にはなりませんが、冷静さをなくしていました。

今だったら、速攻でネット上にクレームを書かれているかもしれません。そんなことのない良き時代でした。

しかしながら、こんな接客をしてしまう私でも、全社員の中で個人売上げが1位になったこともありました。(社員数は忘れましたが30~40人くらいはいたと思います)ゴリ押しの接客で売ったのではなくて、商品知識を持ってまじめに接客する姿勢を認めてくれた顧客も多かったんですよ。

メンズショップの時に、何人かの店長の下で働きましたが、皆よく働いていました。

自ら先頭切って働き、部下のことや会社のことを考えていました。個人売上げの競争などもあったのですが、悪い意味での争いはなく、個人も頑張る、しかし、お店として、会社として、売上げを上げるという考え方を、この時の店長から学びました。

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レディースファッション販売員~仕事の根本をつかんだ頃

メンズショップで仕事をして4年ほど経った時、レディースウエア(婦人服)の会社から、良い待遇での転職の誘いを受けました。取引先の服飾メーカーの人が、私をそのレディースウエアの会社に紹介してくれたことがきっかけになりました。

実は、転職の誘いを受ける少し前にメンズショップの時に一番お世話になり、大きな影響を受けた店長が家庭の事情で退社してしまいました。

それにより役職は店長ではなったのですが、お店のトップの立場にいました。なので、仕事のやりがいや目標はありましたが、師匠といえる人が退社した後のタイミングだったので、別の目標に向かって進むことを決めました。

転職したレディースウエアの会社では、渋谷や横浜などのショップで約6年働きました。

レディースショップに移って半年で店長になりました。メンズショップ時代に学んだことを活かして販売促進を行うと、お店の売上げは好転、社内の中間に位置していた店の売り上げが一位、二位を争うまでに成長しました。

ただ、店舗の売り上げは良かったのですが、個人的には悩みがありました。大きな悩みではなかったのですが、女性客の接客に関してのことでした。

メンズショップの時は、商品の話やファッションの話を中心すればよかったので、接客が苦手だと感じたことはありませんでした。商品知識などに関しては詳しいと思っていまし、それで問題を感じたこともありませんでした。

しかし、女性客は商品説明だけでは相手にされないことも多く、声をかけるタイミングや話の内容などに悩みながら仕事していました。

とはいえ、お客様と話をしていると「話がうまい人だと乗せられて、買わされちゃう」とか「口がうまい人は信用できない」などと言う声を聞くこともあり大きな悩みではなかったのですが、心に少し引っかかりがありました。ですが、「真剣に選んでくれから良い」とか「ハッキリ意見を言ってくれるから良い」という人もいて、ただ単に話がうまいことが接客のメリットではないのだなと思いました。

そして、「この前すすめてもらった服が会社で好評だった」とか、「自分では選ばないタイプの服をすすめられたけど、着てみたら良かった」などと言われるようになり顧客も増えていきました。

そうはいっても洋服は二の次でおしゃべりを楽しみながら買い物をする人もいるので、そういう人は話上手なスタッフに任せることにしました。相性があるので全員を相手にしたくても大丈夫なのだと思ったら、気が楽になりました。

また、女性客の中には男性の接客が苦手な人もいました。それは、最初からなんとなく感じていたので気がついたらさりげなくスルーしていました。でも、逆に男性のスタッフが良いという女性客が案外多いことにも気が付いてきました。

この時、接客で大切なことは、商品知識や流行、ましてや話術などではなく、お客様のことを考えることだと気が付きました。それと同時に、お客様に媚びることや相手に合わせるだけでなく、お客様が心の奥底で必要としているものや本当に似合うもの見つけ出し、すすめることなのだと気が付きました。

メンズショップの時はお客様に適正な洋服をすすめて売れれば満足。売上が上がることが喜びに感じることが多かったのですが、この頃からお客様に喜んでもらうことが嬉しいと感じるようになりました。

この時の変化は大きな成長であり、この時に感じた「お客様の役に立つのは気持ちいい」「お客様に喜んでもらうのは嬉しい」という気持ちは、今も私の仕事に対する考え方のベースになっています。

その後、レディースショップの仕事は、とても楽しくやりがいのある仕事だと感じるようになりました。

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カフェ開業にチャレンジ

ファッションの仕事をして10年ほど経った19年前(1995年)に転機がきました。

働いていたレディースウエアの会社がカフェ部門を立ち上げ、社内での移動希望が取られたので、私は思い切って名乗りをあげました。

その時の私は、店長になって数年が経ち、店の売り上げも良く、数店舗を管理する立場になっていました。仕事自体は、とても充実していました。

その状態でなぜ、カフェに移動を希望したのかというと?

前に話しましたが、もともと飲食業を目指しながら、途中でファッション業界に移りました。でも、心の奥には40~50代くらいになったらカフェ(喫茶店)をやりたいという気持ちがあったからです。

その理由にプラスして、この時のタイミングが心に火をつけました。

カフェ開業の話があった19年前は、スターバックス日本1号店ができる前の年。その情報はキャッチしていました。ファッションメーカーがカフェをポツポツと出店し始めた頃。後に洋服屋がカフェ併設店舗を作るブームがありました。

日本でのカフェブームなどといわれる前ですが、流行に敏感だった私は、カフェが流行るのではと、なんとなく感じていました。

おそらく、2年前でも2年後でもやっていなかったと思いますし、レストランでも、ケーキ屋でも、本屋でもやっていなかったでしょう。このタイミングでカフェだったのがチャレンジしようと思った理由の一部になっています。

将来カフェをやりたいというのは漠然としたものだったのですが、同じ会社の中でできるのならチャンスじゃないか?という気持ちがあったのは確かです。

とはいえ、洋服の仕事が嫌になって移動を希望したのではないので、ポジティブな気持で新しい仕事にチャレンジしようと思っていました。

カフェ事業への移動を話すと、社内の仲間や友達には反対されました。「カフェを開きたい」と言ったら周囲から反対される人が多いと聞きますが同じ状態かもしれません。社内の仲間には「軌道に乗せたら洋服に戻してもらえるなら、やってもいいんじゃない」という人もいました。

また、予想外の人間の名乗りで会社も驚いたようです。
話し合いの末、失敗しても洋服に戻る気持ちがないくらいの意気込みを分かってもらい、認められました。

会社の企画でスタートしていますが、店長クラスが関わることになったので、一から任されての仕事になりました。もし、希望者がいない、または入社年数の浅い社員だったら外部に頼むつもりだったそうです。

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カフェ開業準備

カフェを任された当初は、洋服の仕事の引き継ぎをしながら、約1年後のオープンに向けてスタートしました。

いろいろな手続きや届け出はもちろんのこと、コンセプト作りやメニュー決め、仕入れ先探しや機材の調達なども一人でやりました。

カフェオープンの半年前くらいから、開業作業に専念し、コーヒーの研修を受けたり、料理の練習をしたりしてスキルアップをしました。また、とあるレストランのオーナーからメニュー作りや接客などの指導を受け、レストランでも1か月フルタイムで働き研修(修行)をさせてもらいました。

この時、仕入れ先を決める中で見つけたのが、現在扱っている紅茶です。

飲食関係の雑誌や紅茶の本を読んで紅茶の卸をしている会社や紅茶専門店などを調べました。店舗のあるところには足を運んで味をみて、会社には直接電話をかけて対応をみました。

いくつもの紅茶のお店や会社を訪ねた中で、現在の仕入れ先の輸入元で飲ませてもらった「ダージリンの新茶」の味は衝撃的。「こんなに美味しい紅茶があるのか」と思ったことを20年近く経った今でも覚えています。

前から紅茶はよく飲んでいましたし、ある程度の知識はありましたが、そんなものをふっ飛ばす、今までに飲んだことのない味や香りがありました。

私の認識する紅茶よりも明らかに、ワンランクもツーランクも上のものでした。紅茶の味にプラスして、社長の紅茶に対する想いなどにも感動し紅茶を決めました。もちろん、当時は、この紅茶を後に扱うなどとは思ってもいませんでした。

コーヒーは、カフェ開業の指導を受けたレストランの紹介で、当時日本にあまり入ってなかったシアトル系のコーヒー豆を使うことになりました。イタリア産のチーズやオリーブオイルや無添加のパンやハム、ベーコンを使うなど、材料はこだわりを持って選びました。

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カフェ開業~運営

一年という準備期間はあっという間でした。オープン1か月前くらいまでは期待のほうが圧倒的に強かったのですが、オープンが近づくにつれ不安ばかりが大きくなりました。

オープン数日前に「プレオープン」をしました。社内の人にお客さまになってもらい本番を想定しての練習です。私もスタッフも思ったように動けず、オーダーミスをしたり時間がかかり過ぎたりと惨憺たる状態でした。

オープン日を伸ばして欲しいと思いましたが、そんなことはできるはずはありません。数日間でできる限りの修正と練習をしました。

正直、「お客様をこなせるのか?」という不安の中、オープン初日を迎えました。

オープン初日が終わった感想は「意外と大丈夫だった」。というか、思ったほどお客様が来なかったというのが正しい表現です。
暇ではなかったのですが、計画を下回った来客数。でも、本音を言えば無難に終わって良かったという感じでした。

カフェオープンに向けて勉強をし、しっかり準備したつもりでしたが、当初は苦戦しました。思っていた以上に調理作業や接客などができなかった。作業効率などのよみが甘かったです。

来客はカフェの失敗にありがちな「こんなにお客さまが来ないなんて・・・」ということはなく、お客様はそれなりに来てくれていました。計画以下だったので褒められた状態ではありませんが、悲惨ではありませんでした。

しかし、ある程度の来客があったとはいえ、経営計画が甘かったので、構造上利益が出にくい状態になっていました。もちろん、来客自体が計画以下なので、それを増やすことも必要でした。

当時は、パソコンが家庭や店舗には普及してない頃だったので、会社に提出する書類も手書きでした。そんな時代ですから一つ一つ手作業で見直し作業をやるしかありません。メニューの内容や原価、ロス、スタッフのシフトや経費などベーシックなことを見直していきました。

こだわりを持って材料を選んだと言いましたが、材料の質を落とせば味も落ちるので、その点は注意しました。原価計算はシビアにしていたので、原価率には問題のない範囲で使う材料を見直し、メニューを考えました。

一年目の後半から少しずつ改善され、二年目、三年目と段々上向きになっていきました。ただ、原価や作業性の問題で外したメニューのファンだったお客様からクレームというか不満の声が出て、スタッフからも同じような声が出たのは心苦しかったです。

来客は、何度か雑誌に取り上げらたこともあり客数がアップ。徐々にリピーターが増えたこともあり、忙しい日には、お昼12時くらいから夕方5時くらいまで満席続きで、待ちのお客様ができることもたびたびありました。

紅茶専門店ティークラブ堀内芳昌

2号店の出店~退社した頃

カフェの評判は良かったので、三年目に2号店がオープンしました。

本来なら2号店ができて、気持ちを高めて仕事にのぞむであろう時期なのですが、私は逆に、2号店の企画の頃から気持ちに変化が起き、徐々に退社を考えるようになっていました。

一店舗目は、20数席の路面店の2階なので、客層が比較的限られ、内容が自分のやりたいことと、お客様の望むことのバランスをなんとか保てていました。

しかし、二店舗目は席数が50席くらいあり、場所も商業施設の中だったので、客層が幅広く、ニーズも多様化し、内容が広く浅く普通っぽい感じになっていました。

私は個人的に、2店舗目以降には、もっと飲食の質を上げカフェとしてもレベルアップをしたい、もっと専門的なことにもチャレンジしたいと思っていました。1号店の後半に効率アップのためにメニュー替えをすすめたため、心苦しかった気持の影響もあります。

とはいえ、それで利益が出るのか?という疑問もあり、結局2号店は中途半端な感じになってしまいました。

本来、経営者の立場で考えなければいけないのに、自分のやりたいことを目指していたのは大きな間違いだったと、今になれば思います。完全に「ビジネスの視点」が抜けていました。

しばらくすると、気持ちが前向きにならなくなってきたので、「自分のやりたい方向と違うので辞めたい」という話をしました。

ところが、本部の人と話をした時には引き留めるような話はなく、ただ話を聞きに来ましたという感じ。引き留められたら残ったわけでありませんが、もう少しなにかあるのかなぁと思っていたので、少し寂しい気持ちになりました。

しかし、今思えば、会社員が「自分のやりたいことができない」なんて、堂々と言っている時点で間違っていますね。会社の要望をくみ取った上で、自分の力を発揮しけなければいけない立場ですから。この時は、完全に自分中心にものごとを考えていました。

社内にカフェのことを私よりも分かる人がいない、ということで傲慢になっていたのだと思います。もし、「新規事業を任せたのに無責任だ」とか「おまえの考えは間違っているぞ」のような話があれば、少し頭を冷やしたかもしれません。

洋服時代、カフェ時代を通してお世話になった社長ですが、一社員の進退にいちいち口を出してくることはなく、辞めたいと話をしてから最後の出勤日までは、顔を合わせることはありませんでした。

最終日に本社に挨拶に行った時に、社長と話をしました。
「堀内さんがいなければ、カフェはここまで来なかった。」のようなことを言ってくださいましたが、途中から考え方が食い違ってしまったので、内心は複雑でした。

また、「自営業のほうが好きなことができないんじゃないか」と言われたのですが、その言葉は、今でもたまに思い出すことがあります。

当時は「好きなことやらなくちゃ自営業の意味ないだろう」くらいに思いましたが、今は、「自分が好きなことを、自分のためにやるのは、ビジネスではない」という意味だったのではないかと考えています。

正直な話、辞める時にまったく未練がなかったと言ったら嘘になります。
辞めなければ良かったとまでは思いませんが、気持ちの揺れはありました。
そのせいか、辞める前から次の職を探す気にはなりませんでした。

今までは、次にやることが決まって転職や移動をしたので、隙間なく働いてきましたが、この時は、ゆっくりする時間ができました。あり余るくらいに時間があり退職金もあったので、次に働くところを探しつつ、セミナーに行ったり、カフェやパン屋巡りなどをしたり、時には短期のアルバイトをしながらしばしの充電をしました。

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広島に引っ越す

カフェを辞めてから一年以上が経ち、仕事の緊張感が恋しくなってきました。このまま気軽な生活を続けていると社会復帰できなくなるかなぁという危機感も出てきたので、本格的に仕事を探しました。

カフェを辞めた時、私にはもっと専門的なことにチャレンジしたいという気持ちがありました。接客サービス、コーヒー、パン、スイーツいろいろと興味はありましたが、一番興味が強かったのが紅茶だったので、東京都内の紅茶専門店または紅茶に力を入れているカフェの求人を探しました。

タイミング良く有名紅茶専門店のリニューアルオープンに伴う求人を見つけ、面接を受けました。条件面で少し納得できないことがあったので、そのあたりを主に話し合いをしました。心がスッキリしないまま会場を後にしたのですが、後日店長として採用するという連絡を受けました。

とはいえ、なんだかスッキリしなかったので友人などに相談をしました。すると、「堀内ならもっと良い仕事ができるんじゃないか」「自分を安売りしないほうがいい」などと言われました。周囲の声があったことで、私の考えが独り善がりではないのだろう思ったので、もう一度こちらの希望を相談してみました。しかし、折り合いがつかなかったので、働く前にお断りしました。

このお店を断ったことが直接のきっかけではないのですが、この後、当時付き合っていた彼女が住んでいる広島に引っ越しました。

彼女との出会いは、カフェで働いている時に参加した旅行でした。紅茶メーカーの企画で紅茶文化の本場イギリスをめぐる旅行。マンチェスターに入りコッツオルズなど数か所をめぐりロンドンに至るまでの紅茶にまつわる名所を訪れる内容でした。

その旅行に広島から参加している一人の女性がその彼女でした。私も彼女も一人で参加していたので、旅行中に時々話をしました。たまたま帰りの飛行機の席が隣になった縁もあり、旅行後も連絡を取り合うようになりました。

話をしてみると彼女も元々ファッション関係の仕事をしていたり、紅茶やイギリスが好きだったりと共通点があり、その後、付き合うようになりました。

住まいのことは話していなかったのですが、メンズショップに努めた頃から、埼玉県の浦和市(現さいたま市)で一人暮らしをしていて、その後埼玉県川口市、神奈川県横浜市に住んでいました。

横浜市から広島市に引っ越した理由は、私が住んでいた横浜に彼女を呼ぶか、私が広島に行くかの選択を考えた時、私が広島に行ったというだけです。彼女は口がうまかった?誘導された?というか、私には横浜に呼ぶ交渉力がなかった(笑)。正直、そんな感じで、深い理由や大きなきっかけはありません。しいて言うならば、その時私は仕事をしていなかったから移動しやすかったということでしょうか。

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紅茶関連の仕事をはじめる

紅茶関連の仕事は、私が起業したのではなく妻がはじめたもの。
広島に引っ越し、結婚を機に私は参画しました。

彼女は私が広島に引っ越す数年前から紅茶関連の仕事をしていて、紅茶を原料として仕入れ、オリジナルブランドの商品にして小売りや業務卸をしていました。

その紅茶は私がカフェをはじめる時に見つけたものと同じ輸入元を通した紅茶でした。

私は、カフェ開業時にこの紅茶を見つけた以降もいろいろな紅茶を飲みました。

しかし、同等レベルだと思う紅茶に出会うことはあっても、これには負けたという紅茶に出会ったことはありませんでした。もちろん、紅茶は嗜好品なので好みは人それぞれですが、個人的には一番美味しいと思っていました。

私が美味しいと思う理由は、茶葉の個性があり味わいが豊かだからです。

紅茶にはとても多くの種類がありますが、その多くはブレンドティーかフレーバーティーです。

ブレンドティーやフレーバーティーの多くのものは安価な茶葉や古い茶葉を混ぜています。多くのブレンドティーの香りや味が平坦で個性が弱いのはこのためです。フレーバーティーの多くのものが着香した香りしかしないのは、安価な茶葉や古い茶葉に香料を吹きつけているからです。一部、良質なブレンドティーやフレーバーティーもありますが、少ないのが現状です。

このような紅茶とは別に、産地や生産する農園などをブレンドしない茶葉(紅茶)や収穫から時間経過が短い鮮度の良い茶葉(紅茶)があります。産地をブレンドしない茶葉、鮮度の良い茶葉は、茶葉の個性があり味わいがとても豊か。

本来紅茶は、日本茶やコーヒーと同じように産地や農園(作り手)、鮮度などによって素晴らしい味や香りを堪能できる飲み物なのです。

しかし、残念ながら一般的に流通している紅茶の多くは、ブレンドティーやフレーバーティー。この理由は長くなるので割愛しますが、一つだけ話すと、ブレンドしない茶葉や鮮度の良い茶葉は「個性が豊か」=「好き嫌いがハッキリする」からです。

つまり、個性が豊かな紅茶は、好き嫌いがハッキリする。もっと言えば嫌われやすい。

だから、多くの紅茶業者は、「嫌われない」「無難」という傾向が強いブレンドティーやフレーバーティー販売しているのです。業者の内情をすべて知っているわけではないので個人的な考えですが…。

また、「紅茶が苦手な人でも飲みやすい」「紅茶を好きじゃない人にも好まれる」タイプの紅茶が日本には増えて、その傾向は近年ますます強くなっているようです。

このようにブレンドティー、フレーバーティーが多いせいなのか「紅茶が好き」という人でも、ブレンドしていない茶葉や鮮度の良い茶葉があることを知らない人や知っていたとして飲んだことがない人が多いようです。

いろいろな紅茶を飲んだ結果、ブレンドティーやフレーバーティーが好きならそれで良いのです。好き嫌いは自由ですから。

しかし、ブレンドしない茶葉や鮮度の良い茶葉の紅茶があることを知らないのは、「もったいない」と思います。

紅茶が好きな人にこそ、もっといろんな紅茶の世界を知って欲しいと強く思います。

このような経緯で「産地をブレンドしない鮮度の良い紅茶を多くの人に知って欲しい」「“もっと”美味しい紅茶を飲んで欲しい」という想い強くなったことが、紅茶の仕事をしようと思った大きな理由です。

また、カフェで働いた時に紅茶のいれ方やアレンジなどの方法は習得していたので、それを活かして「いろいろな紅茶の楽しみ方を広めたい」という気持ちもありました。

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知ってもらえば売れると思ったが・・・

美味しい紅茶なんだから「知ってもらえば売れる」そう考えていました。だから、簡単に売れると思っていたのですが、まったくそんなことはありませんでした(苦笑)。

この頃(2000年くらい)には、インターネットでの通信販売が広がっていました。多くの人に知ってもらうためには、インターネット通販が良いだろうと考えインターネット通販を始めました。

通信販売のホームページを運営するために、私は初めてパソコンに触りました。

「ホームページを作れば、日本全国から注文が来る」と思っていましたが、そんなことはなかったのです。パソコンに触ったことすらない素人がホームページを作ったくらいで、注文が来るほど甘いものではありませんでした。今思えば当然の話です。

広告を出したことがありましたが、反応は良くありませんでした。
極めつけは、熱心な営業に心をゆるし数十万円かけてやったテレビショッピング。日本全国に知ってもらえるチャンス、対応できないくらいの注文がきたらどうしようと思いましたが、まったく反応がありませんでした。

この時、知ってもらうだけでは売れないのだと痛感しました。

結局、出張紅茶教室やイベント、事務所で行う紅茶教室などで少しずつ知ってもらいながら、地道に広めていくしかないのだと思いました。それと同時に、ホームページを改善し、ホームページからも少しずつ広めようと思いました。

このような活動をきっかけとして買ってもらったお客さまをリピーターにする努力と口コミで広がることで、少しずつ売れるようになっていきました。

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「紅茶を手にしたお客さまが美味しく飲んでHappyになる」までが仕事

紅茶の仕事をはじめた頃には、「美味しい紅茶を広めたい」と同時に「紅茶のいろいろな楽しみ方を広めたい」と思っていました。でも、途中から「美味しい紅茶を探している人に、美味しい紅茶を売れば良い」と考えるようになっていました。

そう考えるようになったのは、「近くに紅茶専門店がないから通販で買えて良かった」などの声を聞くことがあったからです。このようなニーズがあるのだから、そのニーズに応えれば良いと考えていました。

また、リピーターは楽しみ方の情報をそれほど求めていないと気が付いたからです。

お客さまから自分なりの楽しみ方をしているという声が届いているのですが、「自分なりの楽しみ方」とは、シンプルな楽しみ方が多く、アレンジを楽しんでいる人は少なかったのです。

それらの影響によって数年前までは、良質の茶葉を仕入れ、キチンと販売したら、それで終わりだと考えていました。商品に紅茶のいれ方を添えていたので、それを参考にして、飲む人が自由に飲めば良いと思っていたのです。

しかし、それは間違いだったと気が付きました。

「高い茶葉や良さそうな茶葉を買っても、美味しくいれられない」

「気になる紅茶に出会っても、買いたい茶葉があっても、いれ方が心配で躊躇してしまう」

「紅茶は好きだけどティーバッグしかいれたことがないから、茶葉だといれ方が分からない」etc…

このような声を聞くことが増えたからです。

私は紅茶の仕事をする前から、自分で紅茶を買って飲んでいましたが「いれ方が心配で紅茶が買えない」なんて思ったことはありませんでした。

ですから、紅茶を買おうとする人、ましてや通販で紅茶を買おうとする人にいれ方が心配という不安があるとは思いもしませんでした。自分が紅茶好きなのが仇になったのかもしれません。

お客様の声を聞くように心掛けてから、いれ方に関して思ってみなかった不安や思っていた以上に不安を持っている人が多いことに気が付きました。そして、この点を解消しないと「美味しい紅茶を広める」ことが難しいのだと思いました。

このことをきっかけとして、「紅茶を売ること」だけが仕事なのではなく、質の良い紅茶を仕入れるのはもちろんのこと、『 “紅茶を買う前の情報をキチンと伝える” から “紅茶を手にしたお客さまが美味しく飲んでHappyになる” までが仕事なのだ。』と考えるようになりました。

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おしまいに…。

はじめにも話しましたが、私の紅茶歴は、かれこれ40年くらい、仕事で紅茶に関わってから20年近くが経ちます。そんな私が、今、想っていることがあります。

それは、『日々の暮らしの中で美味しい紅茶を気軽に楽しんで欲しい』ということです。

紅茶の楽しみ方には、いろいろあります。「ハレの日の紅茶」「非日常を楽しむ紅茶」「水分補給のために飲む紅茶」なども良いのですが、私は日々の暮らしの中、忙しい日常の中で“美味しい紅茶”を“気軽に”楽しんで欲しいと思っています。

そのために、真摯に紅茶に向き合い、質の良い紅茶を提供します。

自分好みの茶葉を見つけやすいような情報を紹介します。

正しい紅茶のいれ方と暮らしの中で紅茶を楽しむヒントをお教えします。

お気に入りの紅茶や美味しい紅茶は、癒しを与えてくれたり、Happyな気持にさせてくれたりしませんか?

私は日々の暮らしの中で良質な紅茶を気軽に楽しんで欲しいと思っています。

忙しい日々の暮らしの中で「一杯の紅茶に癒され」「一杯の紅茶でHappyになる」こんな人が増えることを願っています。

そのお役に立てれば嬉しいです。どうぞよろしくお願いします。

最後までお付き合いくださいましてありがとうございました。
堀内芳昌

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